大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

佐賀地方裁判所 昭和59年(ワ)262号 判決 1986年8月21日

原告(反訴被告) 田中政利

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 森竹彦

被告(反訴原告) 小石正夫

右訴訟代理人弁護士 原田義継

主文

一  反訴被告らは反訴原告に対し、各自金八五万七、〇三六円及びこれに対する昭和五八年三月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の反訴請求を棄却する。

三  昭和五八年三月二一日午後四時四五分頃、佐賀県佐賀郡諸富町大字徳富五五番地先国道二〇八号線大川橋上において発生した交通事故に基づき、原告らが被告に対し支払うべき損害賠償債務は、第一項掲記の範囲を超えては存在しないことを確認する。

四  原告らのその余の本訴請求を棄却する。

五  訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを五分し、その四は被告(反訴原告)の負担とし、その余は原告(反訴被告)らの負担とする。

六  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴請求の趣旨)

一  昭和五八年三月二一日午後四時四五分頃、佐賀県佐賀郡諸富町大字徳富五五番地先国道二〇八号線大川橋上において発生した交通事故に基づき、原告(反訴被告、以下単に「原告」という。)らが被告(反訴原告、以下単に「被告」という。)に対し支払うべき損害賠償債務がないことを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

(本訴請求の趣旨に対する答弁)

一  原告らの本訴請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

(反訴請求の趣旨)

一  原告らは、被告に対し、各自金四〇八万五、一八〇円及びこれに対する昭和五八年三月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

三  仮執行の宣言

(反訴請求の趣旨に対する答弁)

一  被告の反訴請求を棄却する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴請求原因)

一  交通事故の発生

本訴請求の趣旨記載の日時、場所において、原告田中美恵子は、普通乗用自動車(佐五五ら三九七八)を運転して大川市方面より諸富町方面に向け、被告運転の普通乗用自動車(佐五六つ四九一)に続いて進行中、前車の停止に気づくのがやや遅れたため、停止に気付いて直ちに急制動したがわずかに及ばず前車に追突した。

右衝突によって、被告車両は後部バンパーがわずかに凹んだ程度の極めて軽微な損傷をうけた。

被告車両には、被告(四一才)のほかに、小石実(六七才)、小石健二(一一才)が同乗していたが、被告を除く二人は小柳病院でこの事故直後わずかに二回診療をうけただけで、それ以降治療をうけていない。

ところが、被告のみは、事故当日から昭和五九年三月三一日まで約一年余の間頭痛等を訴えて小柳病院に通院「治療」をうけたほか、同五八年五月一〇日から同五九年三月二六日まで鶴整骨院においても施療をうけ、同年三月三一日、小柳病院において「後遺症を残して症状固定」の診断をうけた。

二  原告らの地位

原告田中美恵子は、前方不注視の過失によって追突事故を惹起した者として、また原告田中政利は原告美恵子が運転していた車両の所有者として、いずれももし真に被告がこの事故によって傷害をうけたとするなら、その損害を賠償すべき責任を負う地位にある。

三  確認の利益

本件事故は、前記のとおり、事故自体軽微であって、人身損害を生ぜしめるほどのものではなかった。このことは、被告より年長の小石実ですら事故後検査のみで治療はうけていないことでも明らかである。

しかし、被告は、この事故により負傷したとして前記のとおり通院治療をうけ、治療費としてだけでも、小柳病院一七三万四一〇〇円、同院処方薬済費三四万二六八〇円、鶴整骨院七〇万八四〇〇円を要したとしているので、原告らに対し、少なくとも右金員を損害賠償請求することは、必至である。

よって、本件事故によっては、原告らに損害賠償義務のないことの確認を求める必要があるので、本訴に及ぶ。

(本訴請求原因に対する答弁)

一  本訴請求の原因第一項の事実のうち

1 本訴請求の趣旨記載の日時、場所において交通事故が発生したこと及び被告が原告ら主張のとおり通院治療を受けたことは認める。

2 事故の態様及び被告車両が軽微な損傷であることの事実は否認する。

二  同第二項の事実は認める。

三  同第三項の事実のうち、被告主張の治療費を要したことは認め、事故自体軽微であったとの事実は否認する。

(反訴請求原因)

一  原告田中美恵子は、昭和五八年三月二一日午後四時四五分頃、普通乗用自動車(佐五五ら三九七八、以下「加害車両」という。)を運転して大川市方面から諸富町方面に向けて進行中、停車中の被告運転の普通乗用自動車(佐五六つ四九一、以下「被害車両」という。)に追突し本件事故を惹起した。

二  原告田中政利は、加害車両を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから自賠法三条の、また原告田中美恵子は、前方を注視して運転すべき注意義務があるのに拘わらずこれを怠り漫然と運転した過失により本件事故を惹起したものであるから民法七〇九条の責任がある。

三  被告は、本件事故により次のような損害を蒙った。

1 治療費 金二七八万五、一八〇円

被告は、本件事故のため傷害を受け佐賀郡諸富町所在の小柳病院に昭和五八年三月二一日から同五九年三月三一日迄の間に二三七日通院し治療費として金二〇七万六、七八〇円を要し、一方大川市榎津所在の鶴整骨院に昭和五八年五月一〇日から同五九年三月二六日迄の間に一二五日通院治療を受け金七〇万八、四〇〇円を要し、合計金二七八万五、一八〇円を要した。

2 慰藉料       金一〇〇万円

被告の本件事故による精神的苦痛を慰藉すべき額は、前記諸事情に鑑み金一〇〇万円をもって相当とする。

3 弁護士費用      金三〇万円

被告は、原告らが任意の弁済に応じないので本件訴訟代理人に取立を委任し、福岡県弁護士会報酬規程の範囲内で金三〇万円を支払うことを約した。

四  よって被告は、原告らに対し、各自金四〇八万五、一八〇円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五八年三月二二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(反訴請求原因に対する答弁)

一  反訴請求原因第一、第二項の事実は認める。

二  同第三項(損害の主張)はすべて否認する。

本訴請求原因にも記載したとおり、本件事故は傷害を発生させるような衝突ではない。

しかも、小柳病院の治療も極めて濃厚治療の疑いのある(被告の主張の額を前提として考えても、被告は通院治療であったに拘わらず通院実日数一日当たりの治療費は約八、七六三円もの高額である。)不当なものと考えられる。小柳病院の治療は、善意に解しても患者に迎合した漫然治療、悪く言えば診療費稼ぎのための引き伸ばし治療である。このような治療をする病院の診断には信を置き難いし、このような病院の治療費を事故による治療費として支払うことは出来ない。

第三証拠《省略》

理由

一  本件交通事故の発生

昭和五八年三月二一日午後四時四五分頃、佐賀県佐賀郡諸富町大字徳富五五番地先国道二〇八号線大川橋上において、原告田中美恵子が加害者車両を運転して大川市方面から諸富町方面に向けて被告運転の被害車両に続いて進行中、停止した被害車両に追突したことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

右事故発生直前原告田中美恵子は、車両混雑し渋滞している右国道上の道路左側部分のほゞ中央部を先行する被害車両に追従して進行し、大川橋上に差しかかったが、一時停止した被害車両に続いて停止し、被害車両が発進したのに続いて発進したが、前方を注視して運転すべき注意義務があるのにこれを怠り、(この点については当事者間に争いがない。)被害車両が間もなく再び停止することはないものと軽信し、前方の被害車両の動静に十分注意せず、以前に同所附近で発生した交通事故のことを考えながら漫然八ないし一〇メートルの車間距離をおき時速約二〇キロメートルで進行を続けた過失により、前車に続いて被害車両が停止したのを約五・六メートルの距離に至って気付き急制動の措置をとったが及ばず、加害車両の前部を被害車両の後部バンパーに追突させ、同バンパー右部に凹損を与えたが、その衝撃により被告に傷害を負わせたものである。(傷害の点は後示認定のとおり。)

二  責任原因

原告田中政利が加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、同原告は自賠法三条により、原告田中美恵子は右過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により、いずれも本件事故による被害の損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  原告らは、本件事故によって被害車両は後部バンパーがわずかに凹んだ程度の極めて軽微な損傷をうけたにとどまり事故自体軽微であるから被告に傷害は発生していない旨主張しているので先ずこの点を検討する。

1  前示認定の本件事故発生の態様に、《証拠省略》にあらわれた加害車両及び被害車両の各損傷状況がいずれも軽度のものであると認められること並びに《証拠省略》によると被害車両の修理費用は金二万五、五〇〇円と認められることを併せ考慮すると、本件追突により被告のうけた衝撃の程度はさほど強いものでなかったことがうかがわれる。

2  また、《証拠省略》を総合すると、本件事故発生時、被害車両には被告の外、助手席に被告の実父小石実(六八才)が、後部座席中央には被告の二男小石健二(一一才)が同乗していたが、本件事故により小柳病院の小柳文人医師から、実は外傷性頸性頭痛症候群の、健二は頸椎捻挫の各診断をうけたが、両名とも三日間の通院治療(実日数二日)をうけただけであり、その診療費も実が金二万〇、二〇〇円、健二が金二万〇、三〇〇円にとどまるものであることが認められる。

3  被告が本件事故当日である昭和五八年三月二一日から昭和五九年三月三一日まで三七七日間頭痛等を訴えて小柳病院に通院して治療をうけたほか、昭和五八年五月一〇日から昭和五九年三月二六日まで三二二日間鶴整骨院においても施療をうけたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、小柳病院の診療実日数は二三七日であり、鶴整骨院の施療実日数は一二五日であることが認められるところ、《証拠省略》によると、被告の症状は、時々後頭部がしめつけられる様な痛みがする、頭重感、頸部痛、情緒不安定、頸部のこわり感と圧迫感がある等の自覚的愁訴が強く、客観的、他覚的所見としての裏付けがないものの被告の傷病名は外傷性頸性頭痛症候群並びにこれによる大後頭神経痛兼左上腕神経痛と医師により診断されたものであることが認められ、本件において被告の医師等に訴える症状がすべて詐病であることを認めるに足りる証拠はないから、本件追突事故が存在する以上、右1、2の各事実から本件事故によって被告が傷害を負ったことを否定し去ることはできない。

(二)  そこで被告の治療費について検討する。

《証拠省略》を総合すると、被告が小柳病院に支払うべき診療費は金一七三万四、一〇〇円であり、諸富薬局に支払うべき薬剤費は金三四万二、六八〇円であり、鶴整骨院に支払うべき施療費は金七〇万八、四〇〇円であることがそれぞれ認められ、これらの総計は金二七八万五、一八〇円となる。

(三)  次に、被告の右治療費金二七八万五、一八〇円をもって本件事故と相当因果関係ある損害ということができるかについて検討する。

1  前示認定の本件事故の発生状況、被告の同乗者二名の診療状況並びに本件追突による衝撃の程度はさほど強いものでなかったことがうかがわれることからすると、本件事故による傷害の治療としては、経験則に照らして被告の前示診療期間は著しく長期間でかつ診療回数も甚だしく過多であるといわざるをえない。(被告の診療に当った小柳医師も被告の診療について、普通ならこんなに長くなる人はいない旨証言しており、原告も本人尋問で、診療期間がこんなに長くなるとは思ってなかった旨供述している。)

而してこれに次に認定される諸事情を併せ考えると、本件診療期間が長びいたことについては、本件事故自体の寄与ばかりでなく、その外被告自身の心因的要素、体質的素因、療養の態度の問題、診療上の問題等の諸要素が相当大きな割合をもって複雑にからみあい競合しているものと認められるのであって、前示治療費の全額をもって本件事故と相当因果関係のある治療費損害ということはできない。

すなわち、《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(1) 被告は本件治療期間中終始運送会社のトラック運転手として通常の勤務に従事しながら治療をうけており、(殆んど小柳病院の時間外診療や休日診療をうけている。)大事な治療初期の段階で入院するなどして治療に専念しなかった。

(2) 小柳病院における診療並びに投薬の内容をみると、被告の初期治療が適切に行われたとは言い難く、また被告の執ような主訴にひきずられて過剰といわざるをえない治療が長期間に亘って漫然と同一の薬剤の注射、投薬により続けられた。

(3) 被告は約一年間に実に二三七回もの多数回小柳病院に行き診療をうけ、執ように医師が頸部、頭部の痛みを訴えており、また鶴整骨院にも一二五回もの多数回に亘り通院し施療をうけており、小柳病院における度重なる諸検査によっても客観的所見、他覚的症状は見られなかったもので、被告の体質的素因、心因的要素も本件治療に関して他に比し相当過大であるといわざるをえないこと。

(4) このため右病院において本件受傷とは無関係な諸検査、診療、投薬も多数回に亘り行われた。

2  以上認定の諸事実を総合して判断すると、前示金二七八万五、一八〇円の治療費のうち本件事故と相当因果関係ある損害として原告らに責任を負わせることのできる治療費の額は右の二割に当る金五五万七、〇三六円を超えないものと認めるのが相当である。

(四)  慰藉料

本件事故の態様、本件傷害の内容程度に以上認定の諸事実その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると被告の慰藉料額は金二〇万円とするのが相当である。

(五)  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、被告が原告らに対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は金一〇万円とするのが相当である。

四  結論

以上の次第であるから、原告らは被告に対し、各自金八五万七、〇三六円及びこれに対する本件事故発生の翌日である昭和五八年三月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

よって、原告らの本訴請求中、右金額を超える損害賠償債務の不存在確認を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、また、被告の反訴請求中、右金額の支払を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森林稔)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例